父に語りかける対象が、遺影だけになりました。
父の遺影は4年半前に、わたしが撮った写真なんです。
ふだんはよく笑い、おちゃらけたことも言う父でしたが、
カメラを向けるとキリッと口を真一文字に写ります。
それがこの時は違いました
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ダンス発表会の真っ白なドレスを着た母と
嬉しそうに並んで微笑んで写真におさまりました。
実は この時既に少し認知症が始まっていました。
長時間にわたる発表会を見ることは諦めて
父は会場ホテルでとった部屋で椅子に座って退屈そうにしていました。
「おしゃれ好きなのに、こんなふうにお気に入りの服と靴を身につけることがもうないのじゃないかな」と思い
こっそり全身写真を1枚撮っておきました。
現にその後は、散歩や通院以外で出かけることがなくなって
脱ぎ着が楽な服しか着なくなり
この日の写真が 父のおめかし最後の写真になりました。
その数時間後、会場に行きたいと言い出した父を連れて会場フロアまで行ったらば
出番を待っていた母と並んでにっこり微笑む写真が撮れたという次第です。
母は 父が会場に行きたがったことを知ると
「私の出番だけでも見てもらえばよかった。
途中から抜け出してくれてもかまわなかった。
料理も食べれる分だけでも楽しませてあげればよかった。」
と悔やみました。
それはそうかもしれない
でも わたしは両親が並ぶこの1枚の写真が撮れただけで奇跡と思えました。
母は この日を最後にダンスを離れました。
月日が経ち、
何とも言えないやさしい微笑の父につられて
残されたわたしたちも微笑返すことができます。
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